レーザ加工機で作ったもの その5 電解マーキング

レーザ加工機活用

サーバ引っ越し後二つ目の投稿です。
まだ今一つwordpressのエディタに慣れていません。Crassicエディタを使っており、例のブロックエディタよりはかなり使いやすいとは思いますが、いまいち作法に慣れないというか、文化が違う国に来たような違和感があるというか、そんな感じのまま書いております。
その昔、一太郎からMicorsoftWordにワープロ(笑)ソフトを変更した時に「これはどう考えても横書き、カーニング文化の代物やな」と思ったものですが、Wordpressもそれに近いものを感じております。

それはさておき、(と段落を変更したら不自然に広い行間の空いた改行が入ります:笑)今回の投稿も前回同様ステンレスへのマーキングの話題です。
同様ではありますが、今回は二硫化モリブデンを使ったもののような「何かを乗せる」方式ではなく、ステンレスそのものを変色/変性させることでマーキングする方式です。
ちなみに、前の投稿でもレーザ照射だけで(二硫化モリブデン由来のマーキング剤は定着せずに)ステンレストレイの床面を熱変性で変色させることができていました。が、これはステンレスの種類(たくさんあります)や厚みなどに依存し、私が使っている40W程度のCO2レーザでは条件によってマーキングができたりできなかったりする汎用性の低い手法です。

ステンレスでありながらほとんどマーキングできない例を挙げてみましょう。それがこの宝飾用ステンレス、SUS316です。SUS316はほかに比べてMoの含量が多いという違いがあり、より高い耐食性を持っています。これが宝飾用として使われる所以であります。
下の写真はAliexpressで購入したSUS316です。「For DIY jewey making」とタイトルされているように非常に美しい輝きを持っているもので、表面がピカピカ過ぎて写真が上手く撮れないほどです。

購入したのはこちら

AliExpress.com Product – 10pc/lot No Fade Charms 316 Stainless Steel rectangle Charms for necklace pendant charms diy jewelry making

これにレーザを思いっきり当てて表面を編成させることを試みた結果がこちら。
「え?何にも変わってないじゃん」と思うでしょ。

ところが、うまく光を反射させるとこの通りうっすらと描画の跡が見えるのです。
このようにSUS316は確かにレーザによって何らかの表面の変性が生じますが、その変化は極めて小さく、マーキングとして使えるモノではないのです。さすが宝飾用ステンレスと言われるだけのことはあります。
これを電気の力、正確には電気化学の力を借りて何とかマーキングしてしまおうというのが今回の投稿の主題であります。珍しく化学寄りの投稿です。私大好きなんですよ電気化学。

ということで、アプローチを変えて進みます。
まずは先のSUS316板の表面をこのようにマスキングテープでしっかりと覆います。

で、そのマスキングテープをレーザで切ります。紙ベースのマスキングテープなのでもちろん一撃で切れます。パワーを下げないと切代が無駄に広くなるので出力を絞るのに苦労します。弱弱でもこんな感じ。で切ったところをピンセットではぎ取っていきます。あんまり複雑なパターンだと嫌になりますが、このくらいならまあいいかなと。 出来ました。若干粘着剤が残るのと、縁が完全に滑らかな直線ではないところが今後の課題です。おそらくマスキングするためのテープの種類をいろいろと試していくことになると思っています。 これをこのようなプラスチックのトレイに入れて、電極を配置します。
写真では今一つわかりにくいですが、プレートの周りに錫メッキ線、そしてプレートの裏側には緑色のジャンパ用ワイヤが貼りつけられています。プレート側の接点は導線を接触させてポリイミドテープで止めているだけです。これでも問題なく電気的接触は得られています。
で、プレート側を正極、針金側を負極に繋ぎます。ちなみにケースはM5Stackが入っていたものを使っています。ポリプロピレンなのでこの後入れる電解液が酸性だろうがアルカリだろうが問題ないです。 拡大。陰極はなんとなくプレートの周りに置いているだけです。この程度のサイズなら電流の流れ方にそれほどムラが生じるとも思えませんが、一応囲むように配置。 ここでNEOナイス登場。NEOナイスはフマキラー製のサンポールといったもので、100均でも手に入る希塩酸ですね。サンポールに比べると香料がほとんど入ってないのでトイレーな雰囲気が漂いません。まさにナイスであります。
ところで、近頃は過去の幾多の不届き者の所業によってさまざまな薬剤が手に入れにくい世の中になっております。昔は硫酸、硝酸、塩酸あたりはハンコさえ押せば薬局で手に入れることができてました。が、今はそう簡単ではありません。ルール上薬局で手に入れることはできるみたいですが、薬局側がリスクを恐れて販売しなくなってるんですね。
幸い私は化学系のベンチャーに勤務しております関係で薬品の取り扱い業者様とはたくさんのお取引があり、その方々から購入することができております。お取引先様には私の人となりや趣味(笑)もご理解いただいておりますし、私の専門が化学であることや、薬剤を扱うに相応の資格を所有していることもご存知ですので気持ちよく販売してくださいます。もちろんそれでも受取証に住所氏名電話番号は記載します。これは毒劇物を取り扱う上での法律の決まりです。
そんな私でも希塩酸はDAISOで購入です(笑 100円の魅力には勝てないのであります。
あ、ここまで長々書いていますが、ここからの作業を行うのに塩酸は必須ではありません(笑 電解質なら塩水でもアルカリでもいいです。 せっかく購入していますので、ここでは塩酸を入れます。ひたひた位で十分です。電極を電源に接続します。プレートが陽極、対極となる錫メッキ線が陰極です。間違えないように気をつけます。 電圧を徐々にかけていきますと陰極である錫メッキ線から何やら泡が発生します。
電圧は数Vです。
 様子を見ながら少しずつ電圧を上げていきます。と、発生する泡がどんどん増えてやがて液面全体を覆うほどになります。 この時で電圧はこの程度。電流は結構流れていますが、これは電極の面積や電解質の種類や濃度にも依存します。濃度が十分に高い時にはほぼオームの法則です。この電流は結構ダイナミックに動きます。流れすぎないように気をつけましょう。下の写真のように定電流に制御するのが良い方法だと思います。
電流が動くのは通電に伴う液温の上昇で電荷の担い手であるイオンの移動度が上がること、通電による反応によってイオン種が交代していくことで平均移動度が変化することあたりじゃないですかね(適当 こんなすごい状態になると共に泡の色が変化していきます。電解液に金属イオンが溶けだして着色しているんですね。 ちょっとだけ状態を見てみますと…
いい感じですね。ぱっと見はよくわからないかもしれませんが、文字の表面の光沢が無くなっているのが分かると思います。 そろそろいいように思えますので取り出してみましょう。酸に漬かっていたのでよく水洗いします。 マスキングをはがしていきます。背面でプレートとジャンパ線が接触していたところは派手に変色していますね。ここにも塩酸が回りこんでしまったようです。線を引っ張り込んで完全に密封してしまうのはなかなかむつかしいです。接着剤で固めてしまえばよいですが、外すのが大変ですしね。 表側もマスキングを剥ぎますと、ほらこの通り。きれいに文字がマーキングされています。
これがいわゆる電解エッチングと呼ばれる処理であり、さらに今回のように事前にマスキングすることによって電解エッチングをパターンに従って選択的に生じさせるのが電解マーキングです。電解エッチング、電解マーキングでは何が起きているのでしょうか。
エッチングは一般に湿式の化学反応を使ってワーク表面に腐食を起こす処理とされています。
今回生じた化学反応は中学校の時に学んだ水の電気分解によく似ています。が、反応(分解)しているのが水だけではなく、たくさんの参加者が競争しながら反応しているところが違います。
ここまでに説明したものだけでも、ステンレス(鉄をベースにクロムやシリコン、今回のSUS316にはモリブデンも入っています)、塩酸(水素と塩素)、錫メッキ線(スズと銅)、そして水(水素と酸素)とたくさんの元素が系内にあります。
電気接続を思い出しましょう。ステンレスプレートは陽極に接続され、錫メッキ線は陰極に接続され、その間を塩酸(塩化水素の水溶液)が満たしていました。ここに徐々に電圧がかかっていくと陽極では電子を引っこ抜こうとする力が、陰極では電子を押し込もうとする力が徐々に強まっていきます。陽極はステンレスであり、ステンレスは電気の良導体ですのでまずステンレス自体に電位(陰極との相対関係における)がかかります。同時にこの電位はステンレスに接している電極近傍の塩化水素水溶液にもかかります。これら全体に電子を引き抜こうとする力が働くのです。そしてさらに電圧が上がって電子の引き抜き力が強くなると、陽極周りのどれかの元素あるいは電解液中のイオンがついに電子を引っこ抜かれます。この時にどの元素が一番に電子を引っこ抜かれるかはほぼ決まっています。この順番の例が学校で習ったイオン化傾向です。「貸そうかなまああてにすなひどすぎる借金」で覚えましたよね。この語呂合わせはもちろんすべての元素を網羅するものではありませんが、身の回りの代表的な金属元素が含まれています。貸のK(カリウム)から始まって最後の金(Au)までで、語呂の中ではカリウムが最もイオン化されやすく、金が最もされにくいのです。
この手の話を始めると長くなりますが、実際に電気化学をやり始めるとこの語呂合わせは役に立ちません。もちろん順番が変わったりはしませんが、あまりに取り上げられている元素が少なすぎるのです。例えば今の花形リチウムイオン電池のリチウムは語呂合わせの中に無いですよね。リチウムはカリウムよりもさらにイオン化されやすいです。つまり貸の左側にあるのです。最近は「リッチに貸そうかな~」なんて語呂合わせもあるみたいですが。
もう一つ役に立たない理由はこの語呂合わせは陽イオンだけしか扱わないからです。語呂合わせの中には酸素も塩素も出てきません。実際の電気化学の現場では陰イオンと陽イオンはいつもセットです。さらにほかにも「これは水溶液系の話だよね」といったものもあります。今の電気化学、特に湿式電池の世界は非水系が主流です。
脱線するのはこれくらいにして話を戻しますと、陽極でついに最初に電子を引き抜かれるのはどの元素でしょう。結果としてわかるのはステンレスを構成するどれかの元素です。鉄かな。もちろん周りの金属元素との結合状態や表面に吸着している不純物、さらには電位が集中するとがった形状近傍であるかどうかなど、それはもう嫌になるほどたくさんのパラメータがあります。が、結果としてステンレス中のどれかの元素です。それは実際にステンレスがエッチングされていることでわかります。
電子を引き抜かれた金属原子は陽イオンになります。電解質に接する金属原子が陽イオン化すると、電解質中の陰イオンによって直ちに取り囲まれて電気的に安定化され、結果として電解液中に溶解します。溶解によって原子が抜けたところは穴が開き、これがたくさん集まると目に見える腐食となり、これをパターンに従って生じさせるとマーキングができるのです。まずこれが陽極。
次に陰極です。陰極では陽極とはまるで逆の反応が起きます。陰極では電子の押し売りが起きます。電子が押し売りされた結果、一番押しに弱い元素が電子を押し込まれます。陰極を構成しているのは錫メッキ線、つまりスズと銅でどちらも金属元素です。金属元素は陽イオンにはなりやすいですが、陰イオンにはなりにくいです。これは元素の電子配置によるところが大きく、これも書き始めると終わらないので興味がある方はGoogle先生に聞いてい下さい。ここで言いたいことは錫も銅も電子をなかなか受け取ってくれないということです。では誰が電子を受け取るのか、次点候補は錫メッキ線に接している電解質の中の元素(イオン)です。今回はNEOナイスを使いましたので希塩酸、つまり塩化水素分子、塩素イオンと水素イオン、そして水中の水分子と水素イオンと酸素イオンが電子を押し売りされる対象となります。さて誰が負けるのかな(笑
今回の結果としては電子を受け取っている主体は当初は水素イオンのように見えます。それは陰極でガスが発生していることと、そのガスが塩素臭くないことから推測しています。水素イオンは電子を押し付けられると原子状水素に戻りますが、原子状水素はまことに不安定な状態ですので直ちに近くの同僚を捕まえて水素分子つまり水素ガスになります。これが泡となって陰極から発生しているのです。また水素イオンが「当初」の主体であると書いた理由は、反応が進んで電解液中に陽極から溶けだした金属イオンが増えてくると、そいつらも電子を受け取り始めるからです。この時塩素イオンも電子を受け取って原子状塩素→塩素ガスとなる反応も生じているはずですが、水中で生じた塩素ガスは再び水に溶解して塩化水素に戻る経路も存在していますので出てくる塩素ガスは電子を受け取った塩素イオン数に比例しません。
えーだんだんめんどくさくなってきたのでこの辺でやめますが、このようにざっと想像するだけでも非常に複雑かつ時間変化を伴う競争反応が複数生じる系の中でエッチングが進んでいきます。で、結果としてこのようなきれいなエッチングプレートができるということです。
今回作ったものはレーザ加工機の銘板として貼りつけてみました。316の輝きは素晴らしく、銘板としてはなかなかの出来だと思っております。
さて、今回の投稿はここまでですが、電解マーキングにはさらに奥深い世界があります。これはまだ実験中でもありますのでそのうち別投稿にまとめたいと思います。
奥深さをチラ予告しますと、今回行った作業のような陽極と陰極が固定された、つまり直流で行なうエッチングだけでなく、交流というか交番電位を使ったエッチングの世界があるのです。交流エッチングを行うとエッチング面に色を付けることができるようになります。
交流エッチングは電極における電子の授受経路が複雑になっていわゆる電子基準の酸化還元反応にかかわる世界に入りますのでこのあたりの基礎的な理解があるとより楽しくなります。中学レベルの酸化は酸素と化合する、というところまでですが、酸化還元の神髄は酸素のやり取りではなく電子のやり取りです。
電解マーキングは技術としてはすでに確立され事業化されています。例えば国内ではここ、また英国米国など海外にもたくさんあります。またAliexpressでは安い電源装置も売られています。
こんなの

AliExpress.com Product – High Precision Metal Stainless Steel Marking Machine Electrochemical Electrocorrosion Etching Marking Machine HNW-300

現在これらの会社のHPや特許、SDSなどをチェックして情報収集しているところです。
お楽しみに。

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