ガス冷却ペルチェ方式霧箱 その45 上部ヒーター追加

その他のプロジェクト

とりあえず動作開始したガス冷却ペルチェ方式霧箱ですが、まだ改善を進めます。本日は上部にヒーターを入れてアルコールの蒸発を促すとともに、チャンバ上下の温度差を広げて気体アルコールの過冷却層の厚みを増す改造を施します。

霧箱の動作原理はGoogle先生に聞いていただくとして、拡散型霧箱の動作のポイントはチャンバの低温部近傍に形成される過冷却層の厚さにあります。この過冷却領域でのみ飛跡を観察することができるのです。ので、過冷却層は厚ければ厚いほど良いです。
過冷却層は、文字通りエタノール蒸気が過冷却されることでできます。「過」冷却するにはアルコール蒸気が急速に冷やされる必要があり、そのためには急峻な温度勾配が必要です。
これまでガス枕を冷やし、ガス枕上のペルチェ素子を冷やし、と低温側を冷やすことに全力投球してきましたが、温度勾配を作り出すためには低温側を冷やすだけでなく高温側、つまりチャンバ上部を温めることでも作り出すことができるのです。
もちろん上げすぎると逆効果になりますので、適切な範囲があるのですが、少なくとも何もしていない現状よりは温度を上げてもいいはずなのです。
ということで改造をしていきます。

温度を上げるならヒーター入れればええやん、という安直な発想で取り掛かりました。
温度関係の部品類を突っ込んでいる棚を持ってきますと、

多分ドライヤーから外したニクロム線が入ってました。これ検討してみましょう。

適当な長さを解いて、

抵抗を測ります。この長さ(25cmくらい)で3.7Ωです。ちょいと低すぎかな。
あんまり電流が多いといずれ行うであろう制御が面倒になりますので、もう少し抵抗が高いほうが使いやすいです。

では単なる抵抗をヒーター代わりに使ってはどうかということで色物(笑)抵抗入れを探ります。

このあたりワッテージが大きそうだなと思いますが、kΩあります。さすがに高すぎ。

チップ抵抗を基板に敷き詰めてアルコールを含ませたコットンの下に敷くというのも考えましたが、つくるのが面倒です。

んじゃこれでどうだということで、2W110Ωを使うことに。これなら直列接続して24Vくらいの電源を繋ぐといい感じにほんのり暖かくなりそうです。これに決定。

チャンバ上部のアルコールコットンを乗せる棚をヒーター対応に作り直します。
抵抗は3本使って、3辺に配置することにします。一辺は観察用に視界を遮らないよう開けておきます。
まずモデリング。いつものようにfusion360でサクッと。

Curaに送ってGコード作ります。

自作3Dプリンタ(大)でプリントします。フィラメントの色がぶっ飛んでますがお許しを。でっかいミクさんの髪をプリントした時のあまりなのです。もうひと巻ある…..

あっさり終わり。

外して、

チャンバとして使う100均の小型展示ケースの蓋に落としてみます。合うように設計してますから当たり前ですがピッタリです。気持ちい。

プリント時に抜けが出てしまった部分をUVレジンで塞ぎます。早速UV照射ユニットが活躍。

その間に蓋に穴を開けます。穴位置は現物合わせしています。

蓋はスチロール樹脂なのでドリルで割ってしまわないように裏から当て木を入れてゆっくりと加工します。きれいにできました。アルコールを注入するための穴もあけておきます。

ヒーターに使う抵抗をハンダでつなぎます。

これをコットン棚の溝に落として、両端から引き出したリード線をねじ穴に巻き付けます。こうしておけばねじとリード線が接触しますので、固定ねじを電極と兼用することができます。

次に溝にコットンを埋め込んでいきます。このコットンにアルコールをしみこませ、抵抗の発熱で蒸発を促すのです。

出来ました。取り付けはM3のねじを使います。

蓋上からナットで迎えに行きます。こうすればねじの端っこをワニ口で加えることができます。

ちゃんとねじと巻線が接触していることを確認。110Ωの3直ですからほぼぴったりの値です。これに24Vを掛けると70mAちょっとの電流が流れ、発熱は1.7Wと計算されます。使っているのは2Wの抵抗ですので定格内にも収まっています。これでやってみることにします。

 

これで改造は完成です。早速テストしてみましょう。

 

チャンバ周りがごちゃごちゃですが、条件を整理するまでは仕方ありません。電源だけでも右側のデジタル表示が見えるペルチェ素子通電用、左下にある雑イオン抑制のための高電圧電源(とその電源である奥のATX電源)、そして今回改造した上部ヒーターに通電するための24V電源がチャンバのすぐ左側に置かれました。

通電テストしてみると、ほぼ計算通りの70mA付近が流れています。1.7Wのヒーターになっているはずです。

トリウムタングステン棒をα線源として四辺に置いて、冷却を始めます。

 

チャンバ右側に置かれた熱電対温度計を見ながら、まずはコンプレッサだけを運転して10分程度冷却します。
十分に下がったところでペルチェ素子に通電します。

すると….
飛跡が見えます。いや飛跡自体はしばらく前から観察できていますので見えて当然なんですが、その長さが全く違います。写真で写ったものではこんな感じ。今まで見たこともない長さです。チャンバをほぼ横切ります。50mmくらいあるα線の飛跡がいくつも見えます。これはすごい。確実に過冷却層が厚くなっています。

飛跡が長くなるのがなぜ過冷却層の厚みが増した結果であると判断しているのかを説明するには、正確には「過冷却層が厚くなって長い飛跡が見える確率が上がった」から見えるようになったと言った方がいいかなと思います。
改造前の過冷却層はおそらく数mm、せいぜい5mm程度ではなかったかと見ています。それに対して今の過冷却層は10mmかそれ以上あるように見えます。
前述したように、飛跡は過冷却領域内でしか観察できませんが、α線が飛び出す方向はランダムです。極端に考えますと、過冷却層が広がる面に垂直にα線が走った場合にはその飛跡は過冷却層の厚さ分しか見えません。一方で面に平行に走った場合はα線の飛行はすべて過冷却層内ということになりますので長い飛跡が見えることになります。
つまり、過冷却層が厚ければ厚いほど粒子の飛跡のうちの多くの部分を過冷却層内にとどめることが出来、結果長い飛跡を観察できる確率が上がると考えられ、それが今回観察されたものと考えているのです。

いくつか動画を見てみましょう。かなりの頻度で非常に長い飛跡が観察できています。

 

ということで、上部にヒータを入れて温度勾配を急峻にし、結果過冷却層の厚みを増すという改造はうまく行ったようです。

ということで、しばらくながーい飛跡を観察するのを楽しんだのち、満足して片付けようとしてあることに気がつきました。動画でどうぞ。

ペルチェ素子の電源を切っているのがわかると思いますが、それでもチャンバ内では飛跡が見え続けています。これは今までにはなかったことです。
この時コンプレッサは回しっぱなしですので、ガス枕の冷却は続いていますが、ペルチェ素子の通電を切ると、ペルチェ素子の冷却側、つまり画面に見えている黒チャンバ底面の温度は直ちに上昇してガス枕の温度より高くなります。おそらく-15℃かそこらになっているはずです。それでも飛跡が(減ったものの)それなりに見えているのです。
これもおそらく上部を温めた効果だと思われます。上部を温めることにより、今までよりも急峻な温度勾配ができていますので、ペルチェ素子の通電を切ってもガス枕からの間接的な冷却のみでなお飛跡が観察できるほどの過冷却層を維持できているということなのでしょう。

ということはですよ、これはひょっとするとすごいことを意味していませんか?
ガス枕だけで飛跡が見えるということは、冷却面の面積がペルチェ素子の面積ではなくガス枕全面に広げられるということではないですか?

そんなことをしてしまうと「ガス冷却ペルチェ方式霧箱」というプロジェクトの根幹が揺らぎますが、大面積の観察面実現への誘惑は半端じゃないです。ぜひぜひやってみたいです。
ガス冷却のポイントは今回の一連のモノづくりであらかたわかりました。そして私の考えが正しければ現状のコンプレッサでもガス枕の面積は今の100mm角よりもさらに大きくすることが可能です。おそらく150mm角まではいけるでしょう。150mm角の観察面!!
やりたい、実にやりたいです。

あんまり慌ててはいけませんが、なんかすごくいけそうな気がします。
本プロジェクトもほぼ終焉に近づきましたので、次期プロジェクト候補の一つとして大型霧箱を考えてみたいと思います。

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