久々に硬派(笑)なテーマであります。
運用開始したレーザ加工機ですが、前々から気になっていることがいくつかあります。そのうちのひとつが第一~第三ミラーに使っているHDDプラッタの反射率です。
一般に光学用ミラーとして使われているものは誘電体多層膜などを使って反射率を極限まで高めてあり、その反射率はターゲット波長付近で99%を超えます。
一方で、現在の加工機についているミラーはアルミベースで、その上に良くわからない磁性膜(TbCo系とかかな)が成膜されています。 アルミニウムの鏡面を想定すると、その反射率は良くて95%くらいです。HDDの場合はそこになにやらほかの材料の巻くが成膜されているということでもう少し低いかもしれません。たとえば90%とか。
99%と90%でたかが一割という話もありますが、ミラーは3枚、反射も3回ですのでこの差が3乗で効いてきます。
0.99^3 = 0.97 と 0.9^3 = 0.73
この差は実に大きなものです。
40Wのレーザ出力を想定すると、反射率 99% なら 0.97 * 40 = 38.8W であるのに対して、反射率 90% の場合は 0.73 * 40 = 29.2W です。なんと10W以上も捨てることになるのです。これはもったいない。
ということで、反射率は重要です。
ミラーとしては表面粗さも問題になるのですが、これは今使っているHDDプラッタがほぼ鏡面であることを考えると気にする必要はなかろうと思われます。
CO2レーザの波長は10.6umですので、だいたい可視光の10倍の波長です。波長が10倍であるということは、反射面の凹凸に10倍鈍感(敏感ではない)であるということです。径の大きなタイヤは小さいものに比べて道路の凹凸が気にならないのと同じです。よって、ここは反射率に集中して取り組みます。
ほんとは現在のミラーの反射率を測定してから改善に取り掛かるべきなのですが、赤外域には銅や金のミラーが適しているというのは既知のことですので、アルミで出来たHDDプラッタに金や銅の膜をつけてやれば反射率は向上すると考えられます。
ということで、測定は後回しにして作ることを考えたいと思います。
成膜にはスパッタリングを使います。スパッタリングについてはこのあたりを参照ください。薄膜作製では真空蒸着やCVDと並んでドライプロセスの代表的な手法であります。
スパッタについては自作レーザ管の光共振器用ミラー作製のために過去散々検討を行ない、DCマグネトロンスパッタリング法によってほぼ満足のいく銅の膜を作ることができるようになっております。しかしながら、レーザ加工機のミラーは常に大気下、酸素の存在する参加雰囲気下で使用されますので、単純な銅の膜ではすぐに酸化してぼろぼろになります。酸化を防ぐためには、酸化しない金のターゲットを使うのが一番良いのですが、当然非常に高価です。
過去、銅の酸化を防ぐ膜の実験として銅のターゲット上に金箔を置いて合金スパッタを試みたことがあります。この方法で作った膜は、銅だけに比較して明らかに酸化に対する耐性を持っておりました。が、それでも徐々に酸化していきました。ということで、もっと金の比率を上げた膜を成膜する必要があります。
んで、あれこれ考えた末「貴金属の装飾品をターゲットにすればいいじゃないか」と思いつきました。
たとえばネックレスとか、指輪とか、そういったものです。 ちょうど手元には、母から頼まれて修理しようとしたものの、結局出来なかった「切れたネックレス」があります。
実は私の母は今年の2月に亡くなったのです。ので、これは形見のネックレスということになるのですが、どうせ使えないもので「どう処分しても良い」と言われておりましたので、遺言どおりに好きにさせていただくことにします。みら太な日々的な弔いであります。
と、ここまで書いておきながら、実験前にスパッタ装置を修理する必要があります。過去の実験でスパッタの際に電流を流しすぎてブリッジダイオードを破壊しているのです。
まずはそこから。
スパッタ装置(笑)はこちら。電子レンジから取り出したMOT(MicrowaveOvenTransfomer) と高圧コンデンサ、そして修理を行うダイオードブリッジ、成膜を行うチャンバ、そして成膜材料の元となるターゲットが主な構成部品です。あと、写ってないですが真空ポンプと電圧調整のためのスライドトランスを使います。
これが修理するダイオードブリッジ。
12kVの逆耐圧を持つ HVM12を8本使っております。直列接続しているのはこのブリッジを自作レーザ管の駆動電源にも使っているためです。レーザ管は電圧が最高15kVまで上がりますので、HVM12を直列につないで24kV耐圧を持たせています。変電所かよという風情であります。
一方で電流は350mA(絶対定格)が上限であります。以前これに400mA流して壊しました(笑
まずはどのダイオードが死んでいるかを調べます。
高圧ダイオードは内部で小ダイオードが直列接続されており、PN接合面がいくつも直列につながっています。一般にダイオードのVfは1V以下ですのでテスターで容易に順方向/逆方向を調べられるのですが、高圧ダイオードはそうは行きません。複数のバンドギャップを乗り越える閾値電圧をかけてやらないと順方向電流すら流れないのです。
ということで、テスターではなく18Vまでかけられる電源を使います。これに電流制限用のセメント抵抗をつけて電流の流れを見ます。12Vで十分な順方向電流が流れましたのでこの電圧でテストを行いました。
その結果、8本のうち1本は完全に切れており、1本が異常に順方向電流が少なかったため、これら二本を交換することにしました。
HVM12はたくさん持っております(笑
こちらが在庫(の一部)
交換するやつを外して、新しいものをつけるだけ。簡単です。
今回の故障(破壊)は電流の流しすぎだったということで、今後のことを考えてさらに電流容量の拡大を図ることにします。
それぞれのブリッジをパラレルにしていきます。一本のブリッジを4本のHVM12の直並列接続で構成します。これで耐圧24kV、700mA、16.8kW対応のブリッジとなります(笑 もはや兵器ですな。
「この方法では電流上限は増えないよ」とコメントにてご指摘をいただきました。
調べた所その通りです。そういわれてみるとダイオードの並列接続って見かけませんね。
ということで、残念ですがこのブリッジの最大定格は350mAのままということになります。
おとなしくこれ以下で使いたいと思います。
匿名さん、ご指導いただきありがとうございました。
投稿を修正させていただきます。
完成。
定格を書き換えておきます。これ大事。 → 元に戻します(泣
これでスパッタ作業に移れます。まず放熱ベースとなるアルミブロックを置いて、
伝熱用のアルミCチャンネル、マグネット、高さ調整の馬などを置いて、
ターゲットの銅板を置いて、
シリコンゴムのパッキンを置いて、
チャンバをかぶせます。これで釜は完成。
真空ポンプ登場。
久しぶりの実験なのでまずは十分に真空引きをします。
引き引き。
引いてる間に電源まわりをつなぎ込みます。
結線は極めて簡単。MOTの出口をブリッジにつないでパラでコンデンサを入れて、という電源の教科書に出てくる構成。そして適切に電流電圧計をつなぎます。
電流計は1A、電圧計は500V(抵抗を入れて1/2し、1kVまで測定可能)品を使用。
ち な み に
プラズマ点灯の瞬間電圧は500V程度とそれほど高くありませんが、電流は最大400mAくらいまで流します。人間は40mA以上の電流が流れると死ぬ可能性がぐっと高まります。400mAは即死です。MOTは磁気漏れトランスなので電流に上限がありますが、それでも1A近くは平気で流れます。
感電すると確実に死にますので、自分が何をやっているかを100%理解していない方は決して手を出してはいけません。
なにが起きてもみら太な日々は責任を取ることが出来ません。ご承知おきください。
まずは空撃ちで動作確認をします。 チャンバの底、基板ホルダの下にマグネトロンのわっかの一部が見えますね。いつみても美しい眺めです。
このときの電圧は350Vくらい、電流は50mAくらいですかね。
電圧を上げると電流はいくらでも流れます。おそロシア。
さて、動作確認が出来ましたのでまずは何度もやった銅のスパッタを行って勘を取り戻しましょう。
基板に使うのはただのスライドガラス。東急ハンズで10枚100円です。
これを適切な大きさに切って、
こんなものを作ります。表面の汚れをアルコールできれいに落としてチャンバにセットします。
成膜の様子は動画で、2分間成膜しています。徐々に基板が色付いていく様子をご覧ください。
爆 音 注 意
取り出しの様子。
出来た膜がこちら。きれいな銅のミラーになってます。
以前は散々苦労したスパッタですが、手法を確立してからは百発百中できれいな膜を作ることが出来ます。すばらしい。
ターゲットにはくっきりとマグネトロンプラズマの跡が残っております。良くみるとこの部分はこれまでのスパッタによって微妙にへこんでおります。
ということで、銅のスパッタは出来ました。装置は完璧に動作しています。ダイオードブリッジも電流容量を増やしましたので安心です。
さて、いよいよ金スパッタです。ターゲットに使うのはこちら。
なんか石もついていますが、気にしない。ダイヤということはまずないはず。良くてジルコニアあたりでしょう。
まずは汚れを落とします。身に着けるものですので汗やらなんやらで運ばれた有機物が山ほど付着しているはずです。
ということで有機物を一網打尽にする強アルカリを使います。
1mol/l を超える濃度で溶液を少量作ります。
ち な み に (今日の投稿にはこれが多いです 笑)
強アルカリは肌を侵します。下手な酸よりもよっぽど怖いです。特にこの濃度のアルカリは目に入れると一滴でほぼ失明できます。
自分がやっていることを 100% 理(以下略
付けおき洗い(笑
洗浄完了。めちゃめちゃきれいになりました。新品の光沢です。
これを銅ターゲットのマグネトロンプラズマが出来るあたりに置きます。
基板を準備して、
スパッタします。
最初にちょいと不安定な放電がありましたが、すぐに安定したプラズマになりました。電流値はやや少なめですが恐ろしく成膜レートが高いです。あっという間に膜が出来てプラズマが見えなくなります。
で、出来たものがこれ。
ひじょうに、
美しい膜です。
銅の膜と異なり、明らかに黄色いです。ちゃんと金が混ざった膜になっていると思われます。
わかりますかね。右が銅、左が銅金合金スパッタ膜です。右側が若干赤め、左が若干黄色めです。
あとはこの二枚を部屋に放置して劣化の具合を確認したいと思います。
前回の結果から考えるに、半月くらい放置すれば明らかに差が出てくると思われます。
うまくいきますように。
コメント
ダイオードのVfは温度依存がありますので、それぞれのダイオードに温度差が少しでもあると、並列にしても1つのダイオードに集中して電流が流れて更に温度が上昇するため、耐電流があがらないですよ。
コメントありがとうございます。
HVM12は環境温度50度までderating curveがフラットなのである程度はいけるのかなと思っていたのですが、私の理解は間違ってますか。
温度が上がると電流値が小さくなっているので抵抗が大きくなるのかと思っていましたが、考えてみたら半導体なので温度が上がると抵抗は下がるような気がしますね。
なんか勘違いしているような気がしてきました。
調べて見ました。
電流ではなくVfの問題なのですね。理解しました。
この構成でも電流は増やせないということか……
容量のもう少し大きなものを探してみます。
ご指摘ありがとうございました。